祖母のこと

平凡な日常を過ごしていることの多いオイラですが、ここんところ、なにかと忙しくて、なかなかブログの更新が儘ならない状態になっています。

書きたいことはいっぱいあるんですけどね。





今日は、忘れてはいけないことを書いておきます。


祖母のことです。


5月24日(木) 午前9時8分 永眠しました。

大正3年1月16日生まれで、98歳でした。




オイラの家は、母方の祖父母と同居していたので、オイラは生まれたときから10年前まで祖母と同居していました。


祖母は90歳くらいまではいたって元気でした。

自分で食事も洗濯もしてました。

ただ、視力はほとんど無く、聴力も左耳がわずかに聞こえるくらい。



8年か9年くらい前に、家の中で転倒して、大腿骨を骨折して約1週間入院しました。

その入院している間に、認知症が一気に始まり、言動がアヤシクなってしまいました。

大腿骨には手術で人工の骨が入れられ、その後のリハビリで杖をつけば歩ける程度までは戻りました。



その後、紅葉の季節に市内の紅葉スポットへ連れて行ったときにまたまた転倒し、反対側の大腿骨を骨折。

この入院・手術の時に、認知症がさらに進み、いろんなことが理解できなくなりました。



退院後は、いわゆる老人介護施設へ入り、静かに余生を過ごしていました。

母は、入院中も介護施設に入ってからもほぼ毎日のように祖母の見舞いに行って、食事の介助をしたりしていました。

祖母は見舞いに行くといつも、「家に帰りたいねー」と行っていました。

実際、家族としても家に帰してあげたくて、家の廊下に手すりをつけたり、トイレを改修したりして準備はしていたのですが、結局家には帰れませんでした。


そして2年前に、食事が難しくなり、今の病院に入院することに。

この病院へも母は毎日、電車とバスを乗り継いで通っていました。

食事が出来なくなったので、栄養補給は点滴のみで、このころから祖母はしゃべらなくなり、寝たきりの状態となりました。

もう、オイラたちのこともまったく理解できないし、反応も手を握り返すくらいでした。



今年の2月、主治医に呼ばれ、「覚悟してください」と通告がありました。



それから3ヶ月後の5月24日、朝9時7分、仕事場にいた私に母から電話がありました。
病院から連絡があって、祖母の心拍が弱くなってきているので、すぐに病院に来てほしい、と。


私はとっさに仕事を切り上げ、9時15分ころ自家用車で会社を出て、途中でタクシーを待っていた母親を拾い上げ、病院に向かいました。

病院についたのは午前10時過ぎ。


祖母はベッドに横になっていましたが、鼻や口に付けられていた管は外されて、点滴も外されていました。

そこへ主治医が来て、9時8分に静かに息を引き取りました、と。




5月25日 通夜

この日は、チビ姫の5歳の誕生日。

通夜が18時からだったので、その前にチビ姫にとっては“ひいばあちゃん”の祭壇のまえで、家族だけでチビ姫の誕生日ケーキを食べました。




5月26日 葬式

家族葬という形式で、近しい身内だけで行いました。




ばあちゃん、長い間お疲れ様でした。

ゆっくり休んでくださいね。
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by classixism | 2012-05-28 00:39 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)