お義父さんの話

4月中旬から、お義父さん(つまり奥さんの実父です)が山口市内の病院に入院していました。

で、休みの日には毎週、お見舞いに行っていました。

実は、入院のときにすでに余命宣告がされていました。




6月30日に、それまで入院していた病院から、緩和ケアのある病院へ転院しました。


7月2日(金)の夜に、お義父さんの容態が悪いと連絡が入り、3日(土)の早朝に病院に向かいました。

病院に着くと、状況はよくないながらも、声を掛けると目を開けて反応していました。

お義母さんはずっと付き添って病院に泊まっていました。


9時半頃に先生が病室に来られて、「ご家族の方へお話を」というjことで、別室へ。












別室には、先生、看護師さん、お義母さん、私、奥さん、チビ姫の6人。


お義兄さん、義弟、お義父さんの妹さんには、前日に「容態が悪い」と連絡を入れていますが、まだ誰も到着していません。


先生から、緩和ケア病棟とは・・・みたいな説明を受けていました。


10時20分頃、別の看護師さんが「お義父さんの呼吸が乱れているので、すぐ病室へ・・・」と。


みんなで病室へ走って帰り、お義父さんに声を掛けます。





これがまさに、「その時」でした。





お義兄さんとお義父さんの妹さんが到着したのは12時前頃。

それから事務的な手続きをしたり、実家のご近所に連絡して葬儀などの段取りをお願いしたり。


津和野の実家に戻ったのが結局16時頃。

結局、食事もちゃんと出来ないまま、ご近所の方々と打ち合わせをしてバタバタと時間が過ぎます。



翌日(7/4)、18時からお通夜。会場は実家の近くの自治会館。

その晩は、自治会館にお義兄さん、義弟と私の3人で泊まりました。



また翌日(7/5)、14時から葬儀。15時出棺。

すべて終わったのが19時ころかな。



この数日間、日にちの感覚、曜日の感覚、時間の感覚がまったく無くなるほど、バタバタとしていました。



奥さんとチビ姫を津和野の実家に残し、今日、私一人だけ自宅に戻ってきましたが、つい先程まで、泥のように眠っていました。


さぁ、明日から日常に戻らないといけません。


がんばろ、 おー。
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by classixism | 2010-07-06 23:06 | 日々徒然 | Trackback | Comments(0)